八戸から牡鹿半島までおよそ600kmという距離に渡る三陸海岸。今回は三陸海岸北部に広がる「海成段丘」という地形のなりたちと住環境としての特徴を解説します。
海成段丘の続く三陸海岸北部
三陸の海成段丘の特徴は、その雄大なスケールにあると言えるでしょう。現地では波が打ち寄せる断崖が目を引きますが、海成段丘として確認されている平坦面は、海岸からおよそ13㎞内陸まで追跡でき、その広さも特徴的です。
では、これだけ広大な海成段丘が一度にできたのかと言えば、もちろんそうではありません。最も内陸の段丘はおよそ77万年前あたりの形成で、最も海岸よりのものは6万年前の形成です。すなわち、およそ70万年をかけて現在の地形の元がつくられたことになります。三陸に限らず、日本の海岸には海成段丘になっている場所がたくさんあります。今回は、この「海成段丘」という地形について見ていきましょう。
地球規模の動きを反映する海成段丘
海成段丘とは、上記写真のように海岸に沿って続く階段状の地形です。こうした段々はどうやって出来たのでしょう?
皆さんは学校で、「陸が隆起し、波の力で削られるから」という説明を聞いたかもしれません。しかし、日本全国にはさまざまな大きさの海成段丘があり、かつ、隆起後に再度海に没しないと堆積できない地層が段丘上に見られる場所もあります。どうも隆起だけで事実を説明するのは無理がありそうです。これらの事実を説明するには「地域毎に決まった速度による隆起・沈降」と、「繰り返される海水準変動(海面変化)」という2つの要因からなると考えるほうが実態に合います。
例えば上記の図1では、(1)の隆起速度の大きい「隆起地域」と(2)の隆起速度の小さい「安定地域」で、地上にみられる階段の数や高さに違いがあり、地域毎に隆起速度が異なることがわかります。
また、できた順番(図1のアルファベットの順番)が異なったり、安定地域で、過去にできた段丘が海に没してることから、隆起後に海面上昇があったことがわかります。そして、これら階段の数は海水準変動のピークに対応しています。
住環境としてのメリット・デメリット
近年多発する自然災害の教訓から、私たちの住環境には安全・安心が強く求められています。ここで、一般的な海成段丘は私たちの暮らしにどう影響するのか、メリット・デメリットを挙げてみます。
メリット
●地盤が良い
海成段丘を構成する地層は、そのほとんどが更新世※、あるいはそれより古い時代のものです。半固結のものを含め、岩盤が主体になることから、地盤は安定しています。※約250万年前〜1万年前までの期間
●災害に遭いにくい
高い段のものほど津波災害には遭いにくい事は、先の東日本大震災でも確認されています。また、地盤が良好なため家屋の倒壊割合も少なくなります。ただし、斜面を盛土した場所は極めて危険な場所に変貌してしまうので要注意です。
●平らで利用しやすい
急傾斜の崖を登れば突如として平らな場所が現れるのが海成段丘です。こうした平らな場所は、耕作・畜産、あるいは住宅団地の形成に有利です。
●眺望が良い
案外忘れられがちですが、眺望の良さはその土地が持つ大きな価値です。眺めの良さが売りの宿泊施設や観光スポットが、海沿いの断崖が迫る段丘上にあるケースは多々あります。また、東日本大震災の復興事業において、移転先あるいは防潮堤建設により、陸地から海が見えなくなることへの懸念が被災した人々から挙げられたという報告もあります。
●沈水段丘は臨海工業地帯の基礎に
たとえば、東京湾をぐるりと囲む京浜・京葉工業地帯の工場やプラント施設などは、海底の泥に没している硬い地層でできた段丘に杭を打ち込んで建設されています。もしこの沈水段丘が無ければ、戦後日本の復興・経済発展はずいぶん遅れていたのではないでしょうか。
デメリット
●水を得づらい
平坦な段丘面上は地下水位が深く、水を得づらい場所が多いようです。地下水は崖を下った裾の辺りから湧き出していることが多いため、水の便を求めて、集落が立地している場所も多くあります。
●漁業には不便
海成段丘は海沿いなので、漁業が盛んな地域が多いのですが、母屋が段丘上にあると、浜との間には十数メートルもの断崖があり、ここを毎度昇り降りしなければならず大変不便です。
●端部では崖崩れの恐れ
硬固な地層でできた段丘ですが、崖の表面は風雨に さらされ風化しています。そうした場所が崩れる被害も発生しています。高台でも、崖の端は住宅建築には望ましくないでしょう。
以上のとおり、海成段丘は私たちの住環境において、メリットもデメリットもありますが、私たちの祖先は、こうした自然や地形の特徴をうまく生かしつつ生活を営んできました。海岸沿いの名所を訪れる際には、すばらしい眺めだけでなく、地形を生かした集落にも注目してみてほしいと思います。
こぼれ話「海底に隠された地球の歴史」
千葉県館山市には、沼サンゴ層と呼ばれる地層が露出しています。これは6000年前の地球温暖期に群生していたサンゴが化石となった地層です。この地層から、年前の千葉県南部は現在の奄美大島付近とほぼ同じ気候だったことが明らかにされました。
沼サンゴ層は、海水準の低下と地震による地盤の隆起によって地上に現れました。現在は標高20m付近の海岸段丘上に位置します。このように、海岸段丘は海底に隠されていた地球の歴史を私たちに教えてくれるのです。
参考文献:1.貝塚爽平(1977)「日本の地形 – 特質と由来–」岩波新書, p.133,2.小野良平(2017)「三陸沿岸域における集落と海の視覚的つながり」ランドスケープ研究80(5),pp.585,3.明治大学 建築史・建築論研究室 HP2018.5.3閲覧http://d.hatena.ne.jp/meijikenchikushi/20260427/p1,4.千葉県 HP 2018.5.3閲覧https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/ bunkazai/bunkazai/p431-048.html
三陸の地形や食の魅力についてはこちらで紹介しています。
技術士(応用理学部門:地質)
地盤品質判定士
2006年ジャパンホームシールド株式会社に入社、日本全国の住宅地盤の安全性評価業務に携わる。2011年より同社地盤技術研究所研究員、現在に至る。
趣味:気になる地形をバイクで見に行くこと。バイオリン。